豆いち
豆いち
珈琲豆とうつわと絵葉書の店
HOME
嗚呼うましコーヒー
文化芸術のココロ
米澤絵葉書繁盛記
うつわいろいろいろ
食いしん坊万歳
豆いち、店舗にて
動植物奇想天外
そこいら辺を歩く
家庭の事情は!
芸能音楽の50
米沢城下に江戸を訪ねる
線路は続くよ果てまでも。
豆いちのコーヒー一覧
昭和元禄商売絵巻
会社案内
酒の山形・置賜の地酒 亥子屋
あの頃
お問い合せ
河原の林。
子供の頃から松川で遊んでいました。家から子供の足で15分ほどでした。
家から少し西に歩くと芦川医院のところを南に曲がり米沢製靴、郷野こけしのところを右に曲がり左に水戸部大工、小川を渡り堤防に出ます。山羊を飼っていたのでヤギ屋というところに出て河原に降りていきました。
その頃の松川は硫黄鉱山の鉱毒で随分荒れており、河原に葭がある以外は本当に植物も魚も鳥もいないところでした。
それがいつの間にか、このような林が形成されるようになったのです。人間が壊しても自然は自分の力で再生していくものなのですね。
ただしここはもう少し下の方で、今住んで入るところから分ぐらいのところですが。
2012/06/29 08:07 (C) 珈琲豆屋です!
▼この記事へのコメントはこちら
名前
件名
本文
画像
URL
編集用パスワード
(※半角英数字4文字)
手動入力確認イメージ
(※イメージ内の文字を小文字の半角英字で入力して下さい)
※管理者の承認後に反映されます。
(C) mameichi All Rights Reserved.
Access 3,326,440pv (2008.05.15〜) Contents 1,302pages Today 1173pv Yesterday 2674pv [
login
] Powered by
samidare
子供の頃から松川で遊んでいました。家から子供の足で15分ほどでした。
家から少し西に歩くと芦川医院のところを南に曲がり米沢製靴、郷野こけしのところを右に曲がり左に水戸部大工、小川を渡り堤防に出ます。山羊を飼っていたのでヤギ屋というところに出て河原に降りていきました。
その頃の松川は硫黄鉱山の鉱毒で随分荒れており、河原に葭がある以外は本当に植物も魚も鳥もいないところでした。
それがいつの間にか、このような林が形成されるようになったのです。人間が壊しても自然は自分の力で再生していくものなのですね。
ただしここはもう少し下の方で、今住んで入るところから分ぐらいのところですが。