豆いち 

珈琲豆とうつわと絵葉書の店

借金取りがもし来たら。

2009/12/31 01:43/借金取りがもし来たら。
29日が休みだったので、あらかたの振込みは済ましてしまいました。

昔、といっても戦後も付けで買うことはさほど珍しいことではなく、うちも商売をしていたので「通い帳」がずらっとぶら下げてありました。
B6ほどの大きさの帳面で表紙に「通」のじが筆で大きく書いてあるあれです、といっても分かる人にしか通じませんねぇ。
現在もある「東部食堂」というラーメン屋も付けで食べて、晦日払いだったんですねぇー。亡くなったじいちゃんは冬はいつも鍋焼きでした。

大晦日になるとやはり「芝浜」が思い浮かびます。
先代三木助というか、当代は死んじゃったのでその死んじゃった人の親父さんの三木助、が練りに練った噺です。
最近談志師匠が病欠しているNHKラジオの「新・話の泉」で山藤章二氏が
「談志師匠のファンではあるが、芝浜はいかん」といっていました。
それでyou-tubeで確認しましたが、、、なるほど、、、。
志ん朝、小三治、円楽みなさん盛んにやってますし、多分ラジオとかで聞いているはずなのですが、印象にないんです。
死んじゃった三木助のおやじさんを凌駕していないの感が否めません。

そういうのよりも年の暮れには「掛取り」というおめでたくも馬鹿馬鹿しい噺がいいんじゃないでしょうか。
頭の回る八五郎がそこにいて、アシストするかみさんも非常に機動力のあるスピーディーな噺です。

貧乏の棒も次第に長くなり 振り回されぬ年の暮れかな

貧乏をすれどこの家(や)に風情あり 質の流れに借金の山

私の持ってるのは文治になった桂伸治の古い鈴本演芸場のライブで、音は悪いが和やかな年の暮れが伝わってきます。

NHKの「昼のプレゼント」で人間国宝桂米朝師匠がこの噺をやったことがあり、相撲好きの人に力士尽くしで借金の断りをする場面があるのですが、かなりベタなんです。
その中に「あたしもねー」というところに「安達もねぇー」という日大山形出身の柏戸の弟子が出てきたことがありました。
その彼は1978年には蔵王錦というさくらんぼの新品種のような名前になっているので、幕内に上がって2年ぐらい(多分その噺に十両以下は出てこないと思うので)の間の、76年か77年の年末のことと思われます。

大阪の方は「掛取り万歳」といって最後に三河万歳の真似事が出てきて、それまた賑やかな感じがします。


やっぱり薄汚れた演芸場の隅っこで、ワンカップを隠しながらちびちび飲りたいと思う、年の暮れかな、ですな。
2009/12/31 01:43 (C) 珈琲豆屋です!

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